Robert Wilson, William Burroughs and Tom Waits

Tom Waitsに興味をなくしたのは、「Big in Japan」があまりにもくだらなかったこと、そして、彼が著作権料にやたらやかましい人間だという記事をどこぞで読んだこと、この二つの理由からであった。トムさん本人が「日本にビッグな奴がいるんだぜ、信じられるかい?」ってなことを、これもどこぞのインタビューで言っていたのを読んだけれど、言うまでもなくこれは、グレート・アメリカの裏返しでしかない。フランスにも、イタリアにも、韓国にも、タイにも、ミャンマーにも、どこにもドメスティックなビッグがいるに決まっているではないか。アメリカのビッグは即ワールドワイドなビッグかいな?合衆国ってんだろう、各州にゃそこそこドメスティックなビッグがいらっしゃるんじゃないかい?著作権料にやたらやかましい?トムさん、あんたの曲ってのはぜーんぶどっかで聴いたようなメロディではないかい?遅れてきたビートニク?うそだろう、資本主義べったりではないのかい。例のアメリカ大統領さんと同類なわけだ。

わたしは保守的な人間ではない、むしろ、世の中はときには急激にでも変わるべきだと考えているし、また日本を貶されたからといって気分を害することはない。そうではなく、アメリカに暮らしいるだけで、アメリカの資本主義を中心にしか世の中を見ることのできない人間を軽蔑するだけのことである。いわんや、言ってる輩が世界中で自分の商品を売っている輩そのものであるならなおさらのことである。

中村とうようがトムさんのアルバム「Rain Dog」にマイナス10点をつけたのは、慧眼だったかもしれない。エセビートニクだと見抜いていたのかしらん(でも、Rain dog、うん、悪くないね・・・・)。

* *

90年代は新宿の時代であった。酒と、酒場と、音楽と、そしてまだ古今亭志ん朝が生きていたから、落語の時代でもあった。新宿にはこの全てがあった。志ん朝さんも末廣亭の正月二之席には主任を務めてたっぷりと大ネタを聞かせてくれていた。だから90年代は志ん朝さんに夢中だった。とどうじに、90年代の前半はトム・ウェイツに夢中だった、前半だけだ。後半はトムさんは見限って、ブルーズに回帰した。ブルーズっても、たとえば、たとえばトム・ウェイツなんて聴きたい夜は・・・・なんというのとは違うブルーズだ。

玉川上水が暗渠になっている遊歩道が牛窪をぐるっと迂回して再び甲州街道に漸近するあたり、歩道橋のたもとの地下に行きつけの酒場があった。90年代の前半は先のディケード後半の東京に雨後の筍だったクラで、週末になると狭いフロアにすし詰め状態になることもあったが、90年代も中盤になるとクラとは名ばかりのほとんどメンバーズオンリー、ふだんは服飾関係だという粋なDJが流すルーツオブレゲエを聴きながら鴨鍋に熱燗という日もあったくらいで。代替わりした90年代後半はむしろオープンなソウルバーにおちついた。わたしはどの形態も楽しんだ。

新宿に至るには玉川上水の遊歩道から甲州街道に抜けた。西新宿はロック無法地帯というような状態ではなかったか。いたるところにこじんまりとしたレコード屋があった。海賊版のレコード、海賊版のCD、海賊版のビデオを扱うレコード屋のことである。

西口のJR線ガードのすぐ脇にあった雑居ビルの、その何階にあったかも、店の名前も覚えていないけれど、マンションの一室を店舗にしたような、そんな小さなレコード屋で見つけたのだったと思う。

・Tom Waits「The Black Rider」のブートレグ

である。アイランド・レーベルの

・Tom Waits「The Black Rider」

は発売直後に日本版を買っていたはずだ。

すぐに「The Black Rider」関連情報の渉猟をはじめた。ライナーノーツが先だったか、あるいは、発売前に雑誌かなにかで情報を仕入れていたのだったか1、収録曲が舞台用に書き下ろしたものだというのは知っていたのだろう。その舞台がワイマール期のドイツで盛んだったというキャバレー文化風のそれであるという情報にふれて、一挙に興味がいや増したのだった。

BrechtとWeillなら、それにさかのぼること10年ほど以前、例のDoorsのファーストアルバムにある

・DOORS「alabama song」

を聴いて以来ずっと気にしていたのだったから。

・「三文オペラ」「マハゴニー」「ハッピーエンド」などの舞台のサントラ盤CD

は手元にあったし、名だたるミュージシャンが集まって各人各様にKurt Weillを演じたトリビュート盤

・「Lost In The Stars: The Music Of Kurt Weill」1985

は手に入れてさほどの時間が経っていたわけではなかったはずだ(Tom Waitsも参加している)。The WhoのRoger Daltreyが出演していた

・Menahem Golan「Mack the Knife」1989

はビデオで観たのだったろう。映像はつまらなかったけれど、音楽のアレンジはこうすれば受けるというお手本のようで、その意味で悪くなかったと思う。サントラ盤を持っていただろう。

「The Black Rider」に戻ろう。

さらに興味をそそったのが、舞台用にテキストを書き下ろしたのがWilliam Burroughsだという。

・David Cronenberg「裸のランチNaked Lunch」

の日本公開は1992年だったというから、バローズさんもまた当時タイムリーな人だったはずだ。この映画の原作をふくめて何冊か買って、読まなかったのだか、読めなかったのだか、読んだのに何も覚えていないのか、いずれにしろ手の届くところに積んでおいた記憶がある。ビートニクったって、ケルアックとはエライ違いだと思ったものだ。

ところで、まったく不案内だったのが、Robert Wilsonという人であった・・・・

そして、西新宿の、こちらは先とは別の店、マンションの一室というのではなく、地べたから直接入店する一階の店だったと記憶する、とにかく小さなブートレグレコード屋で、

・Robert Wilson演出「The Black Rider」のVHSビデオ版映像

を手に入れたのだった。

* *

Robert Wilsonの生涯を追った同名タイトルのドキュメンタリー映画を、わたしはまだ見る機会を持たないのだけれど、その書籍版は2009年に偶然通りかかった嶋田洋書のバーゲンコーナーで手に入れていた。

・Katharina Otto-Bernstein「Absolute Wilson」

によると、The Black Riderは、特にヨーロッパでは知る人ぞ知るカリスマ演出家、カリスマ前衛アーティストだったWilsonがメジャーに飛躍するきっかけになったのだそう。まずはTom Waitsとコラボしようという両者の想いが背景にあり、そんななかWilsonがシュトゥットガルトの図書館で偶然見つけたのがカール・マリア・フォン・ウェーバーなる作曲家のオペラ「魔弾の射手」だったという。これでやってみよう、あぁいいね、曲はつくろう、でもテキストは書けないとトムさんが言うので、Wilsonさんが相談したのがAllen Ginsberg、紹介されたのがWilliam Burroughsだったのだそう。

元ネタの「魔弾の射手」のプロットなら(まだインターネットの普及しなかった1993年当時であっても)本屋や図書館に出向いてオペラガイドでも繙けばいくらでも知れた。ビデオで見たWilsonの舞台2はわたしがみる限り、プロット自体は元ネタをもっと単純にしたように見えた。後述するように、今回Youtubeで映像を見直して、そして資料を読んでみて、なるほどわたしが当時理解したよりは物語を反映したシーンがあったのに気づいたけれど、それでも、当時でも今でも、プロットなどわたしに理解できる、その程度のもので十分だったのである。

わたしに十分だったというプロットとは、こうである。

森の猟師の娘は村の若い官吏ヴィルヘルムと恋仲。娘の父親は偉大な曾祖父クーノからの伝統であるから娘は猟師にしか娶らせないという。とはいえ、ハンティングの腕があるなら譲歩してやろう。ところがこの官吏はハンティングがからっきし。そこへ、この弾丸を使いなという悪魔の誘惑にのっかったのが不幸のはじまり。ヴィルヘルム君徐々に魔弾にのめりこみ、いよいよ魔弾中毒とあいなった。その結果、腕試しの結婚式当日、ヴィルヘルムの打った魔法の弾丸は悪魔の軌跡をえがいて花嫁に命中する・・・・

わたしの手元にあるのは、ハンブルグのThalia Theaterで初演された「The Black Rider」の公演パンフレット、そのコピーである。原物は、わたしの友人を通して、その友人が契約社員として勤務するテレビ制作会社の同僚から借してもらったのだった。この方は実際にハンブルグまでこの舞台を見にいった人なのだそう。こういう人が日本にいるのだ。

ドイツ語と英語の文章が左右に書かれており、真ん中はWilsonのドローイングらしい。WilsonのドローイングはBernard Buffetを想起させる。ドローイングのかわりに、Tom Waitsの書いた詩が真ん中の枠組みに印刷されているページも、全体の半分くらいある。

本編らしいテキストがこのスタイルで33ページ分、本編に引用されるGeorg Schmidの挿話が4ページ分のボリュームである。

前者はウェーバーのオペラ「魔弾の射手」の原作になったヨハン・アウグスト・アーペルの小説とその英訳、後者はさらにその元ネタになったOtto von Graben zum Steinなる人が記録した、1710年にボヘミアで起こったGeorg Schmidなる少年のお話(裁判記録という体裁)らしい。いずれにしろ、ヨーロッパに古くから知られた民間伝承に拠るものらしい3

じつはこのパンフレット、コピーをとって返却した後、WilsonのドローイングやTomさんの詩の部分を眺めただけで本編は読まずに(読めずに)放っておいたのだった。この機会に、三十年ぶりに思い出して読んでみると(Google翻訳に頼って)、なるほど、たとえば、偉大なるご先祖様「クーノ」の挿話、悪魔に魂を売って身を滅ぼしたGeorg Schmidの挿話がWilsonの舞台でも表現されているのに、いまさらながらはじめて気づいた4。同じ役者さんが見た目を変えぬままに複数の役をこなしているのだからわからなくて当然なのだけれど、Wilsonの狙いはむしろ、敢えてわからないようにすること、あるいは、そもそもそんな区別に無頓着なだけかもしれない。後述するように彼が舞台のキャリアをはじめたころからずっと、物語を理解すること、理解できないことなど、Wilsonにとっては些細なことであったろうから。

さて、となると、問題は、Burroughsのテキストである。

「Absolute Wilson」には、BurroughsがWilsonに手渡したテキストは「big pile of papers」だったと書かれている。「That was just his way of cutting and pasting text together」とも。いったいそれはどんなテキストだったのだろう、そして、舞台のどこでそのテキストは使われていたのだろう・・・・?5

言うまでもなく、Burroughsが書いたのはプロットではない。舞台にはそもそもプロットなど存在しない。プロットは、舞台の後で、そういえばこんな話だったかなと思い出されるものでしかない。舞台にテキストがあるとすれば、それは役者の口から放たれるセリフである。残念ながらわたしにはドイツ語のセリフはわからない、ときどき挟まれる英語のセリフと、英語字幕の映像を見て、おぼろげに感じとるばかりである。

後述するように、Wilsonの舞台には意味もプロットも必要ない、むしろ彼の舞台からは排除すべきものだったろう。したがって、プロットを物語るセリフ、意味のあるセリフも同様に、彼の舞台からは排除されるべきである。だからこそ、BurroughsがCutting and Pastingでどこからか剽窃し、捏造した無意味な言葉の羅列は、Tom Waitsの音楽がまたそう(Cutting and Pastingでどこからか剽窃したもの)であるように、Wilsonの舞台に相応しいのである。

でもひとつだけ、わたしにも意味が理解できるセリフがあった、「marihuana leads to heroin」。

「The Black Rider」には、それはきわめてまれなことであるが、見ることと聴くことが両立している。このうち聴くことには、肉体にアピールする音と頭をかすめる音とが不可分のまま混在しているだろう。前者がTom Waitsのつくる音楽であり、後者がBurroughsのつくるセリフであるのは言うまでもない。

* *

Tom Waitsがこの舞台のためにした作業の様子は、彼のアルバム「The black rider 」日本語版のライナーノーツに彼自身の手記が翻訳掲載されている6。アルバムジャケットのデザインはRobert Wilson(に違いない。クレジットが見当たらないけれど)。わたしが勘定した限りだと、舞台では以下の様に曲が使われている。Burroughsの歌う「T’aint no sin」がジャズのスタンダードナンバーであることを今回、改めてはじめて知った。改めてはじめて、というのは、Youtubeで原曲を聞いたのははじめてだからである。

  1. Lucky Day Overture([1]以下、オリジナル版の収録順はこの表記)
    わたしはこの曲をTom Waitsのベストに挙げる。Tom Waitsは見世物小屋でHuman Oddities7への興味を煽る客寄せ香具師である。「In the Neighborhood」のビデオで彼が演じた、怪しげな楽隊のリーダーにも通じるし、92年公開だったコッポラ「ドラキュラ」で彼が演じた狂人にも通じる。Wilsonの舞台では、芸達者な役者さんがハンドマイクを手に客席から客を煽りながら舞台に上がる趣向であった。
  2. Black Box Theme([5])
    観客はブラックボックスがゆっくりと浮遊するのを見る、見るための音楽である。
  3. The black rider ([2]、<1>以下、ブートレグ版の収録順はこの表記)
    ブラックボックスから11人の役者が次々飛び出し、動き回る「gay old」なミュージカルモードになるのは、ブラックボックスが静止したからである。
  4. But He’s not William(<8>)
    Tom Waitsはハミングである。舞台はミュージカルスタイルである。
  5. November([3]、<2>)
    歌には意味がない、舞台が動かないからである。アーベルの小説に描かれる偉大な曾祖父Kunoの逸話が演じられていることなど、誰にも分らなければ、知る必要すらない。観客は舞台を見る、音楽はそれに奉仕するだけである。
  6. Carnival([20])
    舞台が転換するのを、観客は見ているばかりである。
  7. That’s the way([8])~The Briar and the Rose([9]、<4>)
    舞台にはWilsonの椅子が浮いている。Wilsonの机、Wilsonの額縁、すべてがいつものように歪んでいる。中央では男女のラブシーンが演じられるが、観客のだれもが見つめるのはそれではなく、舞台の奥をほとんど気づかないほどゆっくりと動き出すアヒルのオブジェである。紗幕が降りWilsonの椅子が空中に消え去ると、男女も浮遊する。もっとも美しいシーンである。観客はおもわず喝采する。
  8. Just the Right Bullets([4]、<3>)
    再び舞台はミュージカルモードになる。舞台が動くからである。
  9. Carnival([20])
    で舞台が転換すると
  10. Chase the Clouds Away(<6>)
    このミュージカルモードにはいる前のシークエンスには誰もが息を飲む。果たしてその姿勢は揺らぎもしないのだからようやくそうだと気づくくらいのゆっくりとした歩調らしい、どうやら歩いているらしい、舞台を上手から下手へと横ぎる、これは鳥に扮しているに違いないドレス姿の女性である。鳥の女性は鳴きながら消え去る。どうしたものか理由が分からないまま娘の結婚を認めるという心変わりをした父親、その理由が分からないのに気を止める観客はいない。むしろ、次のシークエンスで先の鳥の女性がこんどは、下手から上手へとまた、ゆっくり鳴きながら横ぎるのに驚くばかりである!
  11. Flash pan hunter([7][13]、<7>)
    ふたりの役者は芸人である。おそらくこのふたりが主にBurroughsのテキストを語っているのではないかと想像する。芸に意味は必要ない。こういう役者がいるのだと感心するばかりである。
  12. In the morning(<10>)
    舞台にはWilsonの椅子、テーブル、額縁である。
  13. Crossroad([14],<5>)
    悪魔の儀式を行うGeorg Shmidの逸話は、芸達者な役者が三役である。
  14. T’aint no sin([6])~I’ll shoot the moon([12]、<12>)
    舞台が動く。
  15. Russian Dance([10])
    緞帳の前で演じられる、このインターリュードのダンスが素晴らしい。こういう役者さんがいるのだと改めて感心する。Wilsonのダンスである。
  16. Oily Night([17])~Gospel Train([11][15])
    舞台ははげしく動く。
    しかし、幕間で先の役者さんが見事なひとり芸を披露する。語っているのがBurroughsのテキストなのだろうと思う。
  17. Lucky Day([18])
    十分間以上にわたってほとんど動かない試し打ちのシークエンスを観客は十分堪能したから、舞台はミュージカルモードで終わる。
  18. The Last Rose of Summer([19]、<14>)
    悪魔がバンドのメンバーを紹介してから歌うエピローグである。「Absolute Wilson」でWilsonは初演後35分間のスタンディングオベーションだったと言っている。

Robert Wilsonが「The Black Rider」を演出しなかったなら、わたしは生涯Wilsonを知ることはなかったかもしれない。あるいは、舞台に興味を持つことすらなかったかもしれない。90年代の新宿にはまだまだたくさんの小劇団があったし、劇団員は酒場のカウンターのなかにもいたからよくおしゃべりはしたものの、彼等の舞台はおおむね自然な演技に満ちており、わたしには退屈であった。

わたしが「The Black Rider」をみたのは、Tom Waitsが音楽を担当したからであり、それが「いわゆるオペラ」ではなく、オペレッタあるいはミュージカルであったからだ。

このことはどうじに、オペラ至上主義の連中や、演劇プロパーやらから、「The Black Rider」が軽くみられる原因でもあろう8

ただ、もしこれが、より「いわゆるオペラ」的であるか、あるいは、より「いわゆるミュージカル」的であったなら、わたしの食指はそれほど動かなかったろう。

「The Black Rider」は、Wilsonの演出が際立つような、ちょうどいいバランスのなかで作られているのだ。このことはもっと評価されてしかるべきである。

* *

Robert Wilsonは7月31日に死んだ。

わたしがRobert Wilsonを知ったのは、「The Black Rider」のVHSビデオ映像によってであり、それはWilliam BurroughsやTom Waitsを知るよりずっと後のことだった9

わたしがRobert Wilsonの舞台を実際に劇場で見たのは、次の二つだけである。

・Les Fables de la Fontaine, Comédie-Française (2004年の6月頃)

・Pelleas and Melisande, Opéra Bastille(2017年10月6日)

前者は初演、後者は1997年の再演らしい。前者は当日券で舞台を上手上方から見下ろすような窮屈な席だったけれど、十分楽しめたし、記憶にもあたらしい。後者については、そもそもオペラという形式に馴染めなければ、退屈であったしその記憶も昏い。

Wilsonが「オペラ」というのは、「いわゆるオペラ」ではない。彼は名声を得るにつれて、「いわゆるオペラ」の演出を数多くこなしている。引く手あまたの彼であるから。しかし、その「いわゆるオペラ」は彼の言う「オペラ」では決して、ない。

歌いながら物語を語り、あまつさえ、演技までするというのは、正気の沙汰とはおもえない。観客である人間が、見ながら、聞いて、理解する、という困難な作業を数時間にもわたって続けるのは不可能である、というのが若きWilsonのテーゼではなかったか。また同時に、Wilsonは物語を語ろうとする自然主義、物語を演じようとする自然主義を生涯否定し続けた。だいいち、舞台で自然に演技するなんて、見ている方が恥ずかしくなるではないか10。そういう意味なら「いわゆるミュージカル」も同じこと、よっぽど自然主義的だろう。だから、「The Black Rider」でも自然主義的なミュージカルに近づくと一挙に興ざめするのである。先に「舞台が動く」と指摘したのがおおむねそれにあたる。

Wilsonの舞台は極めて不自然であり、だからわたしたちはそれを見るのであり、見るだけである。

* *

Youtubeを検索してみると、こういうドキュメンタリー番組があった。

・Robert Wilson ARTE Documentary “The Beauty of the Mysterious”

ARTE(Association Relative à la Télévision Européenne)のドイツ側の制作になるものらしい。「The Black Rider」を子供の頃に体験してすっかり魅せられたというドイツ人ジャーナリスト?が、Wilsonや彼ゆかりの人たちにインタビューする内容。「Einstein on the Beach」のPhillip Glass、「The Black Rider」のTom Waits、「The Life and Death of Marina Abramović」のWillem Dafoe、インタビュー当時に準備中だったらしい「Dorian」の誰それ・・・・「The Black Rider」でウィルヘルムを演じた役者さんまで登場している。

この番組は最後、Wilsonの舞台にぴったりの映像でしめくくられる。

若いPhilipe Glassが不可解な表情で「meaning?」と聞き返している。記者にインタビューされているらしい。それにつづく表情が素晴らしい。意味?一瞬間だけなにか考えるような素振りをし、すぐに笑いながら、意味なんて、考えたことないよ。直後に、こんどはWilsonの映像が流れる。アーティストが自分のやっていることを理解してなきゃいけないなんて責任があろうとはおもわない、と。

Robert Wilsonは「意味」を問われると不機嫌になったと書いているのは、

・カルヴィン・トムキンズ/ジョン・ロックウェル/ロバート・スターンズ/ローレンス・シャイヤー「イメージの劇場 ロバート・ウィルソンの世界」

日本での初版は奥付に1987年9月20日とあるけれど、原本は1984年にアメリカで出版されたものらしい。内容は、さらに遡ること1980年にシンシナティ現代芸術センターで開催された「ロバート・ウィルソン=イメージの劇場」と題された展覧会の、おそらくはパンフレットがベースになっているものと思しい。「The Black Rider」でメジャーになる前のWilsonの様子がよくわかる。

たとえば、カルヴィン・トムキンズの「考える時間」は、1973年Wilsonが演出した「ヨゼフ・スターリンの生涯とその時代」のルポルタージュに、Wilsonの来歴が挟まれる構成のエッセイである。カルヴィンは、この舞台(なんと「十二時間かかる七幕もの」だそう)で何が起こっているのかを詳細にルポルタージュするのだけれど、こう指摘するのは忘れない、「ウィルソン自身、スターリンについてほとんど何も知らないし、実際に何も知らないに等しい、と認めるのにやぶさかではない」。

まず同書から、当時のウィルソン批評を引用しておこう。

「ことばに頼らない形而上学的なウィルソンの作品は、アメリカ特有の自然主義的なものを好む風潮からすれば、わけがわからないもの、得体の知れないものと映るようである・・・・彼の作品は、ほとんど台詞がないため、翻訳する必要もない。視覚的、聴覚的なパターンが持つ、内在的に現れる言語体系を通して、英語を話せない観客たちだけでなく、言語を用いずにコミュニケーションができる人々にも同様に、コミュニケーションを成立させることができるのである」

「ウィルソンは時々、人を狼狽させるほど自分の作品に対して、あいまいなことがある。衣装、照明、役者の動作の極細部にわたって、絶えず神経を尖らせて気を配る完全主義者である彼は、一体どういう意味があるのかと人に尋ねられると、いつも、うんざりした様子でイライラしてくる」。

1982年12月のローレンス・シャイヤーによるインタビューでは、こう言っている。

「作品の意図とか意味などを聞きだそうと話を向けてみても、口が重たくなるか、イライラしはじめ、もう飽き飽きしたといった口調となる」

「俳優は私のテキストをしゃべらなくてはならないのです。いちいち一言一言に注意を払って台詞をしゃべっていたら、気が狂ってしまいますよ。なにしろ、論理的に一つ一つが繋がっていないのですから」

野心も語られている。

「ロックのコンサートのようにしたいのです・・・・これこそ、現代の、我々のグランド・オペラだ・・・・」

高橋康也の「あとがきに代えて」にはこうある。

「アメリカ、ドイツ、イタリア、フランス、オランダなど各国でそれぞれ作った「シヴィル・ウォー」を1984年のロサンゼルス・オリンピック芸術祭に持ち寄って長大な「ザ・シヴィル・ウォーズ」として一挙上映するという、まことに壮大ないし誇大妄想的な計画が、肝心のアメリカにおける募金不足のためにすっかり御破算になってしまったのである。ジェーシー・ノーマン、ディヴィッド・ボウイー、ディヴィッド・バーンたちが一同に会する夢は消えた」

Wilsonの野望はしかし、もっと小規模に実現され、それがもっとずっと大きな波紋をつくったのである。「The Black Rider」がそれであった。

* *

2023年の講演を記録した映像である。

・Artist Talk: Robert Wilson, Two Street
Texasの出身大学での講演会らしい。登壇して数分間の沈黙、突然の大声、Robert Wilsonという人の気性が知れて、なかなか面白い。

Wilsonは抽象的な話は一切しない。彼の話はつねに、具体的である。だから、スライドを使ったり、模造紙に絵を描かずにはいられない。

すでに晩年、足元も少しおぼつかなくなっているWilsonがするのは、しかし、彼のはじまりの話である。

これまですでになんども語られた、高名な、聾の少年とのコミュニケーションのエピソード。しかし、それが彼の舞台にどう影響したかは明らかではない。Wilsonは説明しない。具体的な話をするだけである。

聞かない演劇=見るだけの演劇=サイレント演劇の可能性11
意味する音の自立性(聾者の声=聾者が聞き分ける声のように)?
自然主義的セリフの拒否?意味しない音の可能性?
見ることに集中するとは、時間的な解像度を上げること、つまりスローモーションになる?
このとき、セリフは見ることを阻害することにしかならない?
しかしある種の音楽は見ることを促進するかもしれない?

Robert Wilsonはそんなことは一切言っていない。つねに具体的な話をしているだけである、聾者は聾者の言葉を理解するのだ、と。

「イメージの劇場」と言われることがあったが、Robert Wilsonの頭のなかにあるそのイメージはつねに具体的であった。だから、Wilsonはつねにあれやこれややらなければならない。具体化する準備はすでにできているからだ。

彼は彼の頭のなかにあるイメージを具体化するためだけに生きて、動きつづけて、ついに死んだのだ。

  1. 93年当時、httpならMosaicはすでに公開されていたかもしれないが、わたしにはこれがなにをするものなのかさっぱりわからなかった。anonymous ftpなるプロトコルでnet-newsなるinternetのコミュニティにアクセスできる環境にあったから、それを使っていた。 ↩︎
  2. Youtubeにはアップされている映像は舞台本編だけだが、わたしが手に入れたVHSビデオには、舞台の映像のあと、テレビスタジオらしきところで、(おそらく)ドイツ人が(おそらく)ドイツ語で解説する映像が収められており、わたしにはブレヒト、ワイルという単語だけが聞き取れた。最後の解説以外はYoutubeの映像と同じである。おそらくドイツかオーストリアのテレビ放送を録画したものだろう、そう思っている。この映像とトムさんのブートレグで、トムさんが提供した音楽のオリジナル版と、それが舞台に、どうアレンジして使われたが知れたのだ。 ↩︎
  3. https://en.wikipedia.org/wiki/Freisch%C3%BCtz ↩︎
  4. ひとつだけ元ネタと大きく違うことがある。それは「The Black Rider」のサブタイトル「The Casting of the Magic Bullets」のCastingの意味である。元ネタではこれは第一義的には「鋳造」の意味、つまり悪魔が魔弾を鋳造するわけだが、Wilsonの舞台では明らかにその意味はない。「魔法をかける」、あるいは「射つ」という意味だろうか。 ↩︎
  5. Burroughs版のテキスト「The Black Rider」が出版されているかどうか、わたしは知らない。ネットに当たってみると、同名タイトルの本がイタリア語版で出版されているらしい。果たしてそれがBurroughs版のテキストなのかどうかはわからない。 ↩︎
  6. わたしはオリジナル版(つまり輸入盤)をまずレコードで購入し、次いで日本語版のCDを購入したのだったと思う。日本語版CDのライナーノーツに、かかる手記が翻訳掲載されていた。原文がオリジナル版にもあったような記憶があるのだけれど、ライナーノーツがあったのだろうか?記憶違いかもしれない。すでに20年ほど前に手放しているのだ。 ↩︎
  7. 映画「Freak」でも知られた名前が呼びだされる。当時わたしはこんなも持っていた。 ↩︎
  8. たとえば、ハンス=ティース・レーマン「ポストドラマ演劇」(1999)の主役のひとりは、というより、主役のなかでももっとも主役なのがRobert Wilsonである。しかし、まるで避けられているかのように、「The Black Rider」への言及はない。 ↩︎
  9. Gavin Bryarsというミュージシャンの作品にTom Waitsが参加していたのことは、間にRobert Wilsonをおいてみて、得心のいくことであった。 ↩︎
  10. 日本人がヨーロッパ人の扮装をして日本語に翻訳したオペラ演じるのを見るのが気恥ずかしいという人がいるが、そんなことはない。そもそも、オペラ自体が恥ずかしいのだ。同じことは「いわゆる演劇」にも言える。たとえば、Robert Wilsonの影響も語られているこの鼎談ではダムタイプのパフォーマンスが「いわゆる演劇」と対照的に語られているところがある。もっともそう語る人はオペラを称揚する人なのだけれど。 ↩︎
  11. 蓮實重彦は「すべての映画はサイレント映画の一形態にすぎない」と言ったが、これは演劇にも当てはまるのかもしれない。「すべての演劇はサイレント演劇の一形態にすぎない」と。でもRobert Wilsonはそんなこと言わなかったのだ。 ↩︎