Sinéad O’Connor – Bob Dylan – Patti Smith

ネットをあたって確認してみるとそれはもう30年も前のことだったらしい。1992年10月16日だったそう、Bob Dylanのデビュー30周年コンサート。当時彼はTraveling WilburysというグループをGeorge Harrisonらと、一時的にではあれ、組んでいたのだから、孤高と言われる彼にしてみればこの時期、ちょっと他のミュージシャンと遊んでみようなんという、そんな気分だったのかもしれない(注)。そうであればこその30周年コンサートだったのだろう。さらに30年経った今なのだから60周年コンサートをしてもらいたいと言っても、彼が首肯するとは考えられない。もうGeorge Harrisonもいないし、Duck Dannもいない・・・・Duck Dann、そうだった、30周年コンサートの箱バンド(とは言わないかもしれない、でずっぱりのバックバンドのことを指しているのだけれど)はBooker T & MGsだったのだ・・・・

Eric Claptonはまさに彼らしいアレンジでDon’t think twice, it’s all rightを演り、最後のTraveling Wilburys+α(とでも呼んでおこう。Neil YoungがTraveling Wilburysのメンバーだったという印象があるのは、むしろこのコンサートの最後の、このバンドのメンバーだった印象が強烈だったから、らしい)では、控え目にソロパートを弾き、さらに控え目にMy Back Pagesの何番目かのソロボーカルを担当したのだった・・・・

ところで、そんな印象や記憶が鮮明なのは、当時のライブを鮮明に覚えているから、であるはずがない。これらの映像をなんども、Youtubeで見ているからだ、そうに決まっている。

それなら、このコンサートでもっとも強烈だった印象も、きっとYoutubeの映像を何度も見たからに違いない・・・・こんな映像である・・・・そしてその脈絡を知ろうとして見た、こんな映像のことである。

そしてつい先日、突然に、Sinead O’Connorのこのニュースで驚かされたのだ。

この数年来、たくさんのロックスターたちが鬼籍に入ったけれど、彼らの多くは1940年代の生まれ、おおよそおおむね80歳になろうという人たちであったのに、彼女は1966年の生まれ、昭和41年12月の生まれでしかないのだ。

ローマ法王の写真をテレビの生放送で破るという「信じられない」パフォーマンスを平気でやってのけ、それにブーイングを浴びせかける(こっちの方が無信仰の日本人からしてみると「信じられない」)ディランファンを前にして、もう一度そのブーイングの元になった同じパフォーマンス(Bob MarleyのWarだ!)をやってのけ、顎をあげてキッと正面をにらみつけるあの立ち姿に、私は三度目の「信じられない」思いに呆然としていただろう。

こんな人間がいるのか・・・・

その後の彼女のことは全く知らなかった。近年イスラム教に改宗し、昨年には息子を亡くしていた、そういう事実を知ったのは、彼女の死を伝えるニュースに続いてのことであったに過ぎなかった。

Tom Verlaineが死んだのも今年のことだ。1月28日、彼は1949年の生まれだから73歳。同じ日に(あるいは翌日かもしれない)日本のロックスター鮎川誠がほぼ同い年で亡くなっている。

Tom Verlaineの死を最初に伝えたのは、Patti Smithの娘だったらしい。そして、Patti Smith本人も小文を発表している。

Patti Smithという女性を、私はSinead O’Connorと併せて想起する。

Bob Dylanを介して・・・・

それは、こんな映像によって、なのである。

まさか、Patti Smithが、あのPatti Smithが緊張するなんて・・・・信じられない!

Sinead O’Connorは、「信じられない」ディランファンの前で顎をあげてキッと正面をにらみつけた後、舞台袖まで平然と歩くと、その姿が見えなくなる直前、突然、嗚咽したか、嘔吐するように倒れ込み、Kris Kristoffersonに抱えられるようにして舞台から消えたのだった。

強い女性に見えても実は弱いのだなんということを言いたいのではない。

この女性たちの、このロックスターの、確信と緊張がどれほどのものか、それに対する畏怖の思いを、Sinead O’Connorの死に際して、手控えしておきたかったのだ。

(注)「どうして「あの」ディランが「いま」資本主義に迎合するようにふるまうのか」、マニュエル・ヤンが現代思想2015年11月号から2017年2月号まで連載していた「ボブ・ディランが歌うアメリカ」はそんな問いを掲げて始まり、毎回楽しく読んだのだけれど、唐突に連載は終わったのだった。「結局、ディランの本質を追求し、それがアメリカ文明の本質とどう関係するのかという問い自体が本質から逸脱していたのかもしれない」と。ひょっとしたら、まさにこの連載期間中に起こったあの事件、ノーベル賞の授与がヤンにとっては決定的にショックだったのかもしれないけれど・・・・もう一度やり直して、続けてもらいたいと、切に願う。